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2009年12月13日
支配人の・・・「歴史ってロマン」①
「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」
大名の跡取りとして生まれた尾張 織田信秀の嫡男。
幼少より奇妙な行動(今で言う長男らしからぬ行動)から「うつけもの」と呼ばれ、家臣からも将来の織田家はこの代で終わるだろう・・・と思われていたが実は、周りの諸大名に「尾張はいつでも攻めやすい」と思わせる作戦であったと同時に庶民の暮らしや気軽に話しかけれる風貌で行動する事により、様々な意見や世論を汲み取っていたとも考えられる。
何より合理的で世界を見通せる大名はこの当時信長ぐらいであったろう。
あまり知られてはいないが、キリスト教布教の為に訪れた一行があるとき信長公と接見した際、地球儀を献上し説明した。他の大名の所にも行ったが地球儀を見せ「地球は丸い」という説明を理解したのは信長だけだったとされ、日本人で地球が丸いことを理解した第1号でもあった。
戦国時代当時、火縄銃が流通したがその時の各武将は「飛距離もあまりなく(100Mも届かなかった)1発目に例え命中しても2発目を準備している間に(打ち込むまで早くても30秒近くかかっていた)攻め込まれる」として鉄砲が主流になることはなかったが、信長はその点3隊を今後に撃たせ準備している間に次が打ち、鉄砲隊後方では準備する専門のものを配備させ合戦に挑み当時常勝最強だった騎馬軍団要する武田勝頼に大勝利を挙げた(長篠の戦い)
天下統一(全国を占領)する直前、本能寺の変で横死する。49歳。織田信長が好んで舞ったとされる「敦盛」
「人間50年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一たび生を得て、滅せぬもののあるべきか」
人間の寿命なんてわずか50年(室町・戦国の頃)、生まれたらあっという間に死に向かう。夢や幻みたいなもの、生まれてきて死なないものなんてありやしないんだから
と、死に対して恐れていてもどうにもならんのだよと悟ったような舞である。
このような信長がもし、今の現代を生きていたとすればリストラも躊躇なく行ったろうし、先の日本の姿を想像し様々な改革も躊躇なくしたでしょう。
冷酷ともとれる行動も先のことを考えてか、はたまた野望の為だけであったのか・・・
今となってはわかりませんが、色々想像させてくれます。
いやぁ、歴史って答えがわからないからロマンがありますね。
支配人でした(信O長)”””
次回はこの方・・・
投稿者 big-snanao : 2009年12月13日 10:05
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